ぶどうと生きる
マスカット・オブ・
アレキサンドリア
に運命を感じて
大阪のフレンチ店でシェフとして働き、フランスにも渡り、そこで導かれるかのごとくワイン造りに出会ったあの日。今振り返れば、この船穂(ふなお)の地に根を下ろすことは、必然だったのではと思わずにはいられません。
日本に帰国して再び飲食の世界に身を投じたはいいものの、ワインのこと、ひいてはぶどうのことが忘れられずに、いてもたってもいられなくなった私の瞳に飛び込んできたのが、船穂での新規就農の募集要項でした。即座に申し込みをしたのは、言うまでもありません。これがマスカット・オブ・アレキサンドリアとの運命の出会いでした。人生をかけ、人生をとも駆け抜けていく相棒との日々は、ここから始まったのです。
そもそも、マスカット・オブ・アレキサンドリアの歴史は、相当に古い。その伝来を紐解いていけば、アフリカ大陸のエジプトにまで行き着きます。エジプトが原産のこのぶどうは、この国のアレキサンドリア港から世界各地に広まった言われています。クレオパトラも食べたと伝えられるほどに、古くから愛され「果物の女王」として名を知らしめ、その芳香で人々を虜にしてきたのです。
船穂では1886 年、明治19 年から栽培がスタート。実に134 年間、船穂の先人達が脈々と受け継いできたマスカット・オブ・アレキサンドリアの栽培。紀元前のエジプトから始まり、現在に至るまでのその歴史を思うと、今こうやって船穂で私が育てていることは奇跡なのかもしれません。
しかし、マスカット・オブ・アレキサンドリアは、危機的な状況に直面しています。高齢化や規模の縮小に伴い、耕作放棄が見られるようになりました。また、マスカット・オブ・アレキサンドリアにかわり、種がない手軽に食べられる品種の栽培が年々増加。一時に比べ、マスカット・オブ・アレキサンドリアの生産は激減しています。この状況のなか、私にできることは一体なんだろうと考える日々が続きました。
結果、ただひたむきにまっすぐにマスカット・オブ・アレキサンドリアを栽培して、その果実を食べた時、他のぶどうにはない香りや品のある甘みを味わってもらうこと。そしてこのぶどうから生まれるワインの美味しさを伝えること。この二つに生涯を賭けようと心に誓ったのです。
果実もワインも美味しいぶどう、マスカット・オブ・アレキサンドリア。その魅力を伝えていくことができたなら、次世代へバトンを繋げられると信じています。
GRAPE SHIP 代表
松井一智